チョッパーハンドル

記事のリード文

私は中学時代から自転車通学です。
昔その頃、中学生の男子の間で流行っていた自転車がありました。

「タムタムロード」

 

 

今で言うスポーツタイプに近い形でした。
12段切替でいい感じの流線型。みんな乗っていました。

写真のとおり、買ったときに最初に付いてくるハンドルの形はドロップハンドル。

 

 

今でも不思議なのですが、当時、私が通っていた中学校ではドロップハンドルは禁止でした。

そしてもう一つ禁止だったハンドルがチョッパーハンドルでした。

 

 

だから私は中学公認の「一文字ハンドル」にして中学時代を過ごしました。

 

 

なぜ禁止だったのか?

 

 

いまだに、ドロップ&チョッパーが、なぜ禁止だったのか?
先生からは理由を聞かされていません。

こんな思い出にふけていたところ、中学だけでなく高校時代も、理由を聞かされていない理不尽な決まりがたくさんあったことを思い出しました。

  • 中学高校、学ランの襟はなぜプラスチックのカラーじゃなければ駄目だったのか?

  • 中学時代、ボンタンはなぜ駄目なのか?

  • 高校時代、見た目も良くないし冬は寒いのに、上履きは、なぜあの便所スリッパじゃなければ駄目だったのか?業者との癒着だったのか?

  • 中学時代、エレキギターはなぜ禁止だったのか?

  • 小学校時代、絵がへたくそだった私だけに、全員参加の絵画コンクールの参加賞がなかったのはなぜだろうか?

  • 中学時代、なぜパーマは禁止だったのか?…..なのにパンチパーマだった先生がいたのはなぜだったのか?

  • グラサンかけてた僕の担任はなんだったんだろうか?しかも生徒をしばくために、ムチみたいな武器を持っていたのは…..あれでよかったんだろうか?

子供ながらに不思議に思うも、先生は答えてくれませんでした。

「導く」と書いて「進路指導」なのに。。。。

 

 

中学の進路指導時に、私は先生にこう尋ねました。

「ミュージシャンになりたいんです。だから高校へは行きません。」

先生はこう答えました。

「お前のいっていることが先生には理解できない。たとえミュージシャンになりたいんであっても、生活するために働くこともあるだろう。だから、高校にだけは行っとけ。」

私は、自分の意思とは関係なく、工業高校に進学しました。しかも男子校で機械科です。全く関心がありませんでした。導かれた通り高校へ進みました。

それから3年が経ち、高校卒業時に当時の担任の先生にこう尋ねました。

「ミュージシャンになりたいんです。だから就職はしません。」

先生はこう答えました。

「お前のいっていることが先生には理解できない。たとえミュージシャンになりたいんであっても、生活するために働くこともあるだろう。だから、一旦、就職しておけ。」

私の高校は就職校。クラスの全員が就職活動をします。
私も迷いましたが、さすがに3年前の「導き」に納得がいっていなかったせいか、自分の意思を貫き通す道を選び、北九州へ修行の旅に出ました。

当時、私はこう思いました。
「もしかしてミュージシャンという言葉が、難しかったんだろうか。。。」

私の人生での分岐点でした。
そのおかげで、今があります。

当時の中学の担任の先生は、推定30代。

30代の教師に、人生相談をしたのは、少し酷だったんでしょうね。

先生も得意・不得意があるでしょうから。。。。。。

PS————-
私は高校の時に「ボイラー2級」と「危険物」という二つの資格を取らされました。今のIT業にはなんの役にも立っていません。

 

今日はこの辺で。
それではみなさん、いってらっしゃい!

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